視点
2020年10月16日
世界経済の脱炭素化に向け、グリーン水素を利用する上で電解装置は重要な役割を果たすだろう、と述べるのは、マッコーリー・キャピタルのエネルギーテクノロジーおよびソリューション担当シニアバイスプレジデントのNick Carter氏である。
Carter氏は、エネルギー資源の分散化に伴い、屋上ソーラーと共に大規模な風力や太陽光発電所からの断続的な発電が増えることが想定される中、電解装置は大規模かつ柔軟な電力供給を可能とすることから、オーストラリアのエネルギー市場における再生可能エネルギーのパズルを埋めるピースとなる可能性を秘めていると指摘する。電解装置とは、電流を利用して水を水素と酸素に分解する装置である。この電流に再生可能エネルギーを使用した場合、環境負荷の低い水素、つまりグリーン水素が得られる。この技術をうまく活用すれば、再生可能エネルギーの拡大を支え、風力および太陽光発電の断続的な性質をコントロールし、水素製造業者や水素をエネルギーネットワークに組み込むために必要なソフトウェアを開発する力のある事業者に、新たな事業機会をもたらすこととなる。
図1 – システムの概略図
再生可能エネルギーは、今や政府助成金に頼らずとも化石燃料と価格競争できるレベルにまで達している。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の調査1によると、太陽光発電モジュールの生産コストは過去10年間で92%低下した。また同調査は、現在の風力および太陽光発電が、最も安価かつ、最も環境持続性が低いとされる石炭火力発電所よりもさらに低コスト化していることを指摘する。
現在再生可能エネルギーの発展を妨げている主な要因は、Carter氏によると、価格ではなく柔軟性の欠如である。
「石油や石炭火力発電所とは違い、再生可能エネルギーは年中無休で生産し続けることはできません。つまり、電力スポット価格のボラティリティや、周波数安定化サービスに関連したコスト増大といった課題に直面しているのです。また、トリップなどネットワーク上の深刻な問題に関しても脆弱性があります。」
Carter氏は、これを克服するために、再生可能エネルギーを利用するネットワークには、再生可能エネルギーが生産停止した場合も直ちに電力網に電力を放出できる一定規模を超える貯蔵能力が必要であると指摘する。南オーストラリア州の大型リチウムイオン蓄電池は、これを実現する方法として注目を集める一例である。
一方で、水素はリチウム蓄電池の代替としても有効な貯蔵手段であり、エネルギーの大量貯蔵および輸送が可能であることや、既存のガス設備資産が活用できることなどの利点がある。
Carter氏は、水素はへき地の採掘場のような電力網に容易に接続できない施設にも直接電力を供給できると指摘する。また水素は、内燃機関や燃料電池車両にも使用することができ、このことは輸送機関、特にバスや電車、さらに可能性としてはトラックなど、電力網を利用するには需要が大きすぎる大型車両にも電力供給ができることを意味する。
水素が有利なもう1つの要素は、風力や太陽エネルギーと同様、水素は供給が途絶える心配のないエネルギー源であるということである。水素はすべての水分子の3分の2を構成し、地球上でも、宇宙でも、最も豊富に存在する元素である。
多くの利点を持つ水素であるが、その抽出方法には課題がある。
現在年間7000万トンの水素が生産されているが、そのほとんどは熱化学反応によるものである。このプロセスは、水蒸気を高温高圧でメタンと混合するもので、残念なことに、これは年間8億3000万トンの二酸化炭素排出に相当する2。これはインドネシアと同規模の国の総排出量にほぼ等しく、オーストラリアの総排出量の150%となる3。
「再生可能エネルギーを中心としたエネルギーネットワークのギャップを埋めることができるといっても、水素がこのような形で生産される限り、現実的には環境負荷の低い、グリーンエネルギー源とは言えません」とCarter氏は述べる。
このように水素の未来は、これまでとは異なる製造方法を編み出すことにかかっているわけだが、最近、その可能性があることが分かってきた。それが電解装置である。
「電解装置は水中の酸素から水素を分離させる装置です」とCarter氏は解説する。「電解装置自体の動力が再生可能エネルギー由来であれば、二酸化炭素を一切排出せずに水素製造が可能となります。」
「逆のプロセスをたどれば、燃料電池を使い、取り出した水素から発電することもできます。」
現時点でグリーン水素の製造は高コストプロセスだが、電解装置の製造コストおよび再生可能エネルギー価格の低下による、明確なコスト低減の道筋は見えている。
単純にエネルギーコストを考えた場合、近い将来、産業用水素の代替や、暖房用天然ガスの代替となることは合理性に欠けるわけだが、踏み込んだ脱炭素化目標達成に向けた代替システムとしてのコストに目を向けた場合、有効策となり得る。
「Nickと彼のチームが完成させたモデルに基づけば、オーストラリア市場では商用電力市場に参加することで低い、あるいはマイナスの電力コストで電解装置を稼働させることが可能です。これらプロジェクトの投資家にとって現在の悩みどころは、投資へのリターンを高めるために必要となるであろうアンシラリーサービスに対する将来的な支払いに納得できるかどうかです」と述べるのは、マッコーリー・キャピタルのエネルギープリンシパル担当マネージングディレクターのMike McKensey氏である。
「電解装置の設備投資額が下がると、電力コストと電解装置の柔軟な稼働がもたらす影響は一層大きくなります。設備投資額が下がるにつれ、リターン向上のカギは電力の正味コストとなります」とMcKensey氏は述べる。
もっとも、電解装置には十分な可能性があるとはいえ、投資家の信頼をさらに高めるためには、政府や規制当局がこの分野で果たす役割が重要であるとCarter氏とMcKensey氏は考える。
電解装置が再生可能エネルギーというパズルの空隙を埋めるピースであることが証明されれば、二酸化炭素排出量とエネルギーコストが削減されるうえ、莫大な事業機会が生まれることになる。
世界が脱炭素化にかじを切る中、オーストラリアでは水素製造業が本格化する可能性がある。この大陸は広大な土地と、潤沢な風量と日照量があり、鉄鋼やアルミニウム生産のようなエネルギー集約型産業に非常に適している。
未来の世界では、再生可能エネルギーが余っている国から、再生可能資源が限られている国にグリーン水素を輸出することになるかもしれない。輸出を実現するためには、生産コストの大幅な削減と輸送保管コストの改善が必要となる。
Carter氏は、再生可能エネルギーネットワークにおいて円滑に水素を利用し、大規模、かつ柔軟な電力を生み出して電力卸価格の変動を活用する道を開くような技術には、今後さらに大きなチャンスが訪れると考える。
「再生可能エネルギーをベースとした電力網は当然、ベースロード発電を中心に構築されている現在の電力網よりはるかに分散化されます」とCarter氏は述べる。「屋上では太陽光発電が行われる一方、風力発電や大型太陽光発電所もあります。これらに水素利用設備を併設し、必要時に電力網をサポートすることは今や現実味が出てきました。」
「本当の好機は、異なる電力源をコントロールし、自動入札ソフトウェアを通じて家庭や事業所に電力を供給するソフトウェアを開発することにあります。」
「そのような観点から考えると、水素利用にまつわる好機は、製造業ばかりでなく、ビッグデータおよびAIや機械学習などのテクノロジーにも及んでいると言えるでしょう。」
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